今回は、『AI活用人材育成プログラム』に関わる教職員に参加してもらい、座談会を開催しました。第1回では、本プログラム開発の背景や目的、概要について意見を交わしました。
2017年の構想検討開始時点から、プロジェクト統括として企画・設計・構築・運用まですべてに関わってきた。研究分野は情報科学。研究対象は、AIをはじめ、情報科学の理論研究からさまざまなシステムの実用化まで幅広い。
日本IBM研究開発部門で新規ビジネス開発部長などを歴任。IBM時代からAI活用人材育成プログラムの開発に携わり、2019年度より現職。現在、バーチャルラーニング(VL)科目のサポートを行いつつ、対面授業をメインに担当している。
キャリア採用で2021年度に入職し、2022年度からAI活用人材育成プログラムを担当。システムへの学生情報の登録や学生からの質問への回答のほか、演習科目の履修者数増加のためのイベント企画などを行う。
2022年度に入職し、2023年度からAI活用人材育成プログラムを担当。履修者を増やすために広報やイベントなどの取り組みに注力している。本学の学部生だった頃にプログラムを受講したことがある。
関西学院では、2039年を見据えた超長期ビジョンと長期戦略からなる将来構想「Kwansei Grand Challenge 2039」(KGC2039)を策定しています。本学院のありたい姿を描き、それを実現していくためには、教職員をはじめ、本学院関係者の強い繋がりが不可欠です。そこで、KGC2039で掲げる長期戦略から抽出したテーマをもとに、部署や業務、立場を越えて語り合う場を創出することで、相互理解を促し、想いを共有します。
将来構想「Kwansei Grand Challenge 2039」についてはこちら
今回のテーマは、2019年度から全学部生を対象に提供している『AI活用人材育成プログラム』です。本プログラムに関わる教職員たちに、プログラム開発の経緯や現在、そしてこれからについて語り合ってもらいましたので、その様子を5回に渡ってご紹介します。
巳波 近年のAIを中心とする技術革新はめざましいものがあります。本学ではAIに関する取り組みを行うため、先端のAIとして名高い"Watson"を擁する日本IBMとタッグを組み、2017年9月から包括的な共同プロジェクトを開始しました。AIをテーマにした教育プログラムというと技術的な内容を教えるのが一般的ですが、私はあえてAI活用に焦点を当てて『AI活用人材育成プログラム』をつくろうと思いました。というのも、技術だけではビジネスにつながらず、逆にビジネスのことを知っていても技術の活用方法がわからなければどんな貢献ができるかわかりません。私自身が企業出身ということもあり、両方の視野がないといけないと痛感していたのです。これからの社会で求められるのは、文系・理系に関わらず、AIに関する技術を理解して活用できる人材であり、その育成は教育機関にとって重要な責務だと考えました。
西野 このプロジェクトが発足した当時、私は日本IBM研究開発部門で戦略や新規ビジネス開発の担当をしていたのですが、プロジェクトのことを聞いて面白い取り組みをしている、これなら卒業後社会に出て行く学生に対して意味のある教育ができると感じました。ぜひ一緒に取り組みたいとプロジェクトに参加し、そして2019年からは本学で教えています。今後はAIそのものを目的にするのではなく、何らかの目的を達成するためのツールとしてAIを使うようにしなければならないでしょう。その意味で「AI活用人材」という発想は非常に正しいと思います。
巳波 『AI活用人材育成プログラム』では、「AI活用人材」を「文系・理系を問わずAI・データサイエンス関連の知識を持ち、さらにそれを活用して現実のビジネス課題・社会課題を発見し解決する・新しい価値を創造する能力を有する人材」と定義しています。いずれはe-Learning化したいと思っていましたが、ひとまず2019年4月から対面授業でスタートしたところ、履修申込者がクラス定員を大幅に上回り、競争率4、5倍という人気に。そこでe-Learning化を急ぎ、2021年度から一部を完全e-Learningの「バーチャルラーニング(VL)科目」としました。
中江 私はVL科目がスタートして2年目の2022年度から担当になったのですが、すでにVL科目には数千人という履修者がいました。大変な人気で驚きました。
巳波 現在は全10科目のうち6科目がVL科目です。VL科目でAIやデータサイエンスのスキルを修得した上で、実際の現場での課題に取り組むPBL(Project Based Learning)型の実践演習、発展演習を対面授業で行うというのが、『AI活用人材育成プログラム』の構成になります。このように体系的かつ実践的なスキルを修得できるのも本プログラムの特長のひとつですね。e-Learningだけ、あるいはPBLだけという大学もありますが、両方を学ぶことに真の価値があると考えています。西野先生には、教材作成にあたって、学生にとって効果的な教え方や例の取り上げ方などを具体的にご教授いただきました。
■『AI活用人材育成プログラム』のカリキュラムツリー
西野 社会が求める人材像を客観的に捉えながら、社会で役立つスキルを磨いてもらうためにできることは、可能な限りやろうと思いました。私自身もそうだったのですが、学生は食わず嫌いなところがあり、「AIは難しい」「自分には関係ない」と思いがちです。学部を問わず、いろいろなバックグラウンドの学生が機械学習やAI、データサイエンスの仕組みを理解できるようにと苦心しました。AIやデータサイエンスは理系科目というわけではありません。すべての学生にとって武器になりうるスキルなので、将来を見据えて身につけて欲しいと考えています。学生の皆さんは各学部で専門分野の勉強をしていますが、AIやデータサイエンスはその専門をより活かすためにきっと役立つはずです。
巳波 よくAIは理系といわれますね。でも、私はそうではないと思っています。本学学生の割合は文系8割、理系2割くらいですが、『AI活用人材育成プログラム』の履修者はそれと同じくらいの比率です。学外の方に話すと文系が多いと驚かれますが、これは私たちにとっては当たり前のことで、プログラムの構想時からこのようにしたいと思っていたのです。また、他大学では、AIなどの科目受講者は女子学生の割合が少ないそうですが、本学は男女ほぼ1対1。こうしたことが実現できてうれしく思います。
西野 理系にも、生物や建築、機械などいろいろな分野の学生がいます。彼らはAIを使って何かを実現することを考えるわけですが、同じように教育や福祉、経済といった文系の学生も何かを実現するためにAIを使う。そこに違いはないと思っています。『AI活用人材育成プログラム』の最も特長的な点は文理共通であることです。理系の授業では、ベクトルと行列の演算など数学的なAIの仕組みを理解し、プログラミングによりAIを研究に使うことになるでしょうが、ビジネスの視点は十分ではありません。逆に文系の授業では、AIをどのように活用するかに注力され、AIの理論的な仕組みの理解は十分ではない。しかし、昨今の生成AIを考えてみてください。命令や質問といったプロンプトをどう投げかけるかによって、自分にとって必要な情報や出力が得られます。ということは、AIがどのように質問から答えを導き出しているかという仕組みを理解しておくと、AIの答えが予測でき、より効果的なプロンプトをつくることができます。AIの仕組みの理解も、すべての人にとって重要なスキルにつながると考えています。
中江 こうしてプロジェクト立ち上げの話を聞いて、先生方が熱意を持って取り組まれていることを改めて感じます。本プログラムの担当になったとき、はじまって間もないのに非常に体系的に整っており、大きなトラブルもなく進んでいるのが印象的でしたが、その背景には先生方の熱い思いがあったんですね。
冨永 『AI活用人材育成プログラム』がはじまった当時、私は関学の学生でした。まだAIが身近ではないころでしたので、他大学であまり例がなく、自分が通う大学ながら先進的なプログラムだと感じていました。特に親世代からの受けがよく、母からプログラムの履修を強く勧められたのを覚えています。
巳波 『AI活用人材育成プログラム』は初学者を念頭においた授業内容としていますので、受けやすかったのではないでしょうか。入門編から実践的な演習まで積み上げるカリキュラムで、予備知識がなくても段階的に学べる構成になっています。プログラムの構想当時、日本IBMが有する数多くのAI関連の教材を確認したところ、技術志向のものやビジネス志向のものが中心で、世界中のどこを探しても、私たちのめざす方向性に合致したものがなかったんですね 。そこで、既存教材の内容は流用せず、すべてイチから開発しました。日本IBMと共同開発したことにより、AI活用企業の実務の視点をふんだんに取り入れて、ビジネス現場で即戦力となれるような内容としています。
西野 そうですね。このプログラムでは、AIやデータサイエンスのモデルを理解した上で、ビジネスを創造するデザイン思考の考え方やビジネスフレームの活用方法、ブレインストーミングを通して提案をつくる手法を学ぶことができます。AIやデータサイエンスをビジネスに活かせる人材の輩出をめざしています。