Challenge Stories
~私たちが未来のためにできること~

探究型教育の次ステージに向けて
2023.10.30公開

高等部における探究型カリキュラム教育の実践と課題 vol.03

第3回目は、探究型カリキュラム教育がスタートして5年が経った今、学校が、そして教員たちが直面している課題について、率直に意見を交わしながら、より良い教育の実践に向けた考えや思いを共有しました。

  • 高等部教諭(英語科)
    西室 雅央

    関西学院高等部、関西学院大学法学部、英国リーズ大学大学院教育学研究科出身。探究型カリキュラム委員会コンビーナーとして各学年及び全体会議のオーガナイズなどを担当。探究型カリキュラム授業においては現在「AI活用」を担当している。

  • 高等部教諭(地歴公民科)
    徳田 有希子

    関西学院大学文学部、関西学院大学大学院文学研究科出身。探究型カリキュラム授業においては、1年生「グローバル探究BASIC」、2年生「グローバルスタディ」の授業を担当。海外アドバイザーや他校と連携したオンライン国際会議も担当。

  • 高等部教諭(国語科)
    上田 篤志

    関西学院高等部、関西学院大学文学部、関西学院大学大学院文学研究科出身。探究型カリキュラム授業においては、1年生「グローバル探究BASIC」、2年生「AI探究」の授業を担当。2023年度には「アート思考」を立ち上げ、カリキュラムデザインを行った。

  • 高等部教諭(数学科)
    田中 章雅

    関西学院高等部、関西学院大学理学部、関西学院大学大学院理工学研究科出身。探究型カリキュラム授業においては、1年生「ソーシャル探究」、2年生「地域探究」などを担当し、生徒たちの学外での活動も支える。

将来構想「Kwansei Grand Challenge 2039」(KGC2039)の実現には、教職員たちの強いつながりが不可欠です。KGC2039で掲げる長期戦略から抽出したテーマをもとに、部署や業務を横断して語り合う場を創出することで、教職員間の相互理解を促し、想いを共有します。


将来構想「Kwansei Grand Challenge 2039」についてはこちら


今回は、受験にしばられない活きた学びで好奇心を育て探究心に進化させ、大学の学びへとつなげる教育を先進的に展開している関西学院高等部4名の教諭によるトークを4回に分けてお届けします。


高等部における探究型カリキュラム教育の実践と課題 vol.02』はこちら



探究型教育の次ステージに向けて


徳田 「探究型教育とはそもそもどのようなものか」、今も考え中です。探究型ではない普通の授業の中に何らかの探究の要素を入れ込むとしたら、どういう形でできるのか。生徒一人ひとりの思考がどう変化したかを見ていきたいと思いつつも、通常の授業は人数が多いので、指導できる人数には限界があります。とにかく生徒の思考がアクティブになって欲しいですし、最終的には自分で問いを持つところまでいって欲しい。そしてさらに欲を言えば、その問いを「もう少し自分で調べてみたい」「もっと深めたい」と動いて欲しい。そこまで導くためのやり方を、私自身が探究しています。


田中 徳田先生がおっしゃる「探究とは何か」というのは重要な問いで、先生方の考えは三者三様です。研修の場でもいろんな意見を聞きますが、恐らくそれら全部が答えだと思うんです。そのため逆に私は、あまりそこは気にしていません。要は本校が目指すものをやればいいと思っています。関学高等部としてどうするか、ということに関しては、私たちが決めることなので、試行錯誤をしながらどんどん前に進めて欲しいと思っています。


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西室 これについては、みんなで考えたいと思っています。私は、関学がWWLコンソーシアムの拠点校になった頃から探究型カリキュラム授業のデザインに携わり始め、5年が経ちました。そして今、少しまた別のステージに到達したと思っています。例えばカリキュラム構造の面では、必修選択として探究型の科目を増やしていくというゴールはなんとなく見えています。ですが一方で、新たな課題感も出てきており、先生方からは、探究型教育の評価方法や評価の難しさについて声があがっています。
また、生徒たちが探究から得た成果や実績を、どのように大学の学びにつなげていくのか、という出口の課題もあります。関学高等部は教員約50人という小さな組織なので、これらの答えを見つけ出すためにも、どんどん立場や視点を変えながら挑戦することがいいのではないかと思っています。例えば田中先生が、今私が担っているコンビーナーをやってくれたら、違う視点でまとめてくれて、もっと面白い展開になるのではないでしょうか。


 


探究の取り組み・成果を、いかにして評価するか


上田 さきほど西室先生が「教師の数だけ探究があるのではなく、生徒の数だけ探究がある」と言われましたが、生徒の中には「自分の疑問に気づく」こと自体に時間がかかる子もいます。例えば、たくさん本を読んだり、いろんな人にインタビューしたりするけれども、どう問いを設定していいのかも分からないという生徒がいるとします。問いが見つからずその子がまだ学びを始めていない場合、探究型教育であれば評価はゼロになってしまいます。


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探究型教育では、それぞれのペースでそれぞれのゴールを設定し、ひとつの課題を解決していこうとする中で学びを深めていきます。その個々の深まりに関して、どのように点数をつければいいのか、これは非常に難しい課題です。しかし、高等学校における授業として提供する以上、点数をつけないわけにはいきません。最近の本校の取り組みとしては、ひとつのプレゼンテーションに対して、それぞれの教員がどう評価するかの価値観を定めるためのすり合わせを始めたところです。また、それぞれの学びをポートフォリオとしてまとめ、ルーブリック評価するための、評価項目や基準を各科目で設定することも意識しています。


西室 成績は必須ですからね。しかも高等部は、関西学院大学への推薦制度があり、成績の高い生徒から順番に進学先学部を選ぶことになるので、順位もつけないといけない。英語や数学ならまだしも、多様な学び方や学ぶべき内容がある探究型教育というものすべてを同じ土俵に乗せて競わせることに、大きな課題感を持っています。


上田 先ほどの「探究とは何か」という問いにも関わってくると思います。「KG Peace Map」というひとつの成果物を作った平和学習もあれば、平和についてとことん考えて自分なりの平和観を構築する平和学習もあると思います。そして、平和を考え抜いた結果、「かえって分からなくなりました」という生徒が出てくる可能性もあります。


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戦争がダメなことは分かるが、どういう状態が平和なのか、戦争している人たちも平和を願って戦争をしているはずだ。その辺りのことが分からなくなった、ということも探究の成果だと思うんです。そうなった時に、ひとつの形にできた生徒と、深く探究したけれど分からないという生徒をどう評価するのか。前者はよくて、後者はダメなのか。決してそうではありませんよね。生徒の成長、学び、深まり、プロセス、そういうものをどのように教員がピックアップして点数化していくべきなのか、ということについて議論を重ねないといけないと思います。


 


 


課題を見つけるための種を蒔く


田中 私は、探究は単なる手法だと思っています。10年後、教育現場において、探究学習が流行っているかどうかは分かりませんよね。とはいえ、それぞれが課題を見つけ、調べて、発表することまでで終わるのではなく、「実際にどうやって解決するのか」までつなげてもらいたいと思うんです。「目の前に困っている人がいるから助けたい」と思うことは、教育というより、人として当たり前のことなので、それが実践できる人になってもらいたい。つまり、課題学習、課題解決学習というのは、非常に大切なものだと思いますし、それに探究の手法はマッチしていると思います。


上田 まさに"Mastery for Service"ですね。


田中 それは意識しています。今、本校では探究学習をしている生徒たちや、探究学習を受けて卒業した大学生たちがSSPというサークルのような組織を作っています。こういう後継組織が、新しい結果を出してくれるとすごく嬉しいですね。教員から促されて一度考えて「こんな答えが出ました」で終わるのではなく、その後にどう繋がっていくか、ですよね。「KG Peace Map」を作成した生徒たちは、関学初等部で授業を行ったりしているので、今後の展開にも期待しています。


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西室 田中先生のご指摘は難しい課題です。探究型学習は高等部の3年間で完了するものではありません。後輩たちはテーマを引き継ぐのか、あるいは、探究型学習で学んだスピリットのみ引き継いでいくのか。私たち自身も教員という職業を、ある種、探究しているわけで、終わりはありません。そう考えると、3年間で終わるような、解決できるような課題だと、言い方は悪いですが、「大したことないな」となってしまうんですよね。


田中 いわゆる起業家の方ってキラキラしているイメージがありますが、強烈な原体験をお持ちの方が多いように思います。そういう原体験があるからこそ突き動かされるわけですが、私たち教員が、生徒たちに原体験を用意できるわけではありません。それにつながるようなさまざまな種を蒔いて、そのうちどれかひとつでもヒットしてくれればいい。そんな"くじ引き"のようなことをし続けるしかないんだ、という気がします。生徒たちが何かひとつでも自分で納得できるものを持てるように、いろんな種は与えてあげたいなと思います。


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上田 生徒たちが日常生活を過ごす中で出てくる課題といえば、教室が暑いとか、食堂のメニューがどうとか、そんなレベルですよね。ウミガメの鼻にストローが刺さった画像だけを見て、海洋資源の問題に気づく生徒はなかなかいません。そう考えると、課題を探すために学習させることは、耕す支援として、ある程度必要なプロセスなのかなと思います。


西室 意図的ではありますけどね。そのために、特に「グローバル探究BASIC」という授業を担当されている先生たちは、例えば貧困とか、温暖化とか、できる限りさまざまなテーマを生徒たちに紹介して、少しでも関心を抱くきっかけの機会を持たせようとしてくださっています。「グローバル探究BASIC」は、1年生の希望者を対象に実施しており、少しずつ広がってきています。将来は1年生全員、約400人みんなに経験してもらいたい。ですが探究の授業を実施するには教員1人あたり生徒約15人が限界です。400人全員となると27人もの先生が必要となり、マンパワー等での課題はありますが、将来的には大学のゼミのような授業ができればと思っています。


徳田 きっかけの提供として、ゲストに来てもらい、現場を知る人の言葉で語ってもらう試みも行っています。私の考える今後の展望としては、探究学習のエッセンスを普通の教科にも落とし込んでいくというイメージです。


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わざわざ探究学習と掲げなくとも、各授業で自然に探究的な教育ができている状態が理想ではないでしょうか。なので、やはり先生方がおっしゃっている探究学習の評価方法の確立は課題ですよね。これについては、関学高等部としての教育目標を定める必要がある、という意見が出されています。裏を返せば、探究学習の手法や評価方法を話し合う中で、結果的に関学高等部として目指す教育像がさらに明確になればといいなと思っています。


 


 


より多くの生徒に探究学習を届けるには


西室 教育機関だからなのか、あるいは関学高等部の歴史的なものなのか、本校にはトップダウンがそぐわない雰囲気があります。だからこそ、現場の教員たちの「こういう学校にしていきたい」「こういう生徒たちを育てたい」という声をまとめ上げて、探究型カリキュラム授業のさらに根底にある育てたい生徒像というものを、私たち教員で作り上げないといけないんです。もちろん、現在も理想の生徒像というものはありますが、時代と共に見直していくべきであることを、探究型授業の評価方法について考える中で、改めて思いました。


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上田 いろんな先生方の話に耳を傾けると「もう探究なんか必要ない」という先生もいます。「元々うちの授業には探究的なものがあるのだから、わざわざカリキュラムを立ち上げる必要はない」「受験がないとはいえ、知識も経験も足りない高校生には、応用の前に基本的なこと教え込むべき」といったご意見もありました。そういうご意見の先生方も巻き込みながら、より良い本校の教育の形を模索していく必要があります。やはり実感として、探究的なものに触れた時の生徒たちの学びの歯車が回るスピードは本当にすごいです。これは、いわゆる詰め込み型の学びに対する学習意欲にも波及していきます。学習意欲のスイッチの入り方にはバリエーションがあり、そのひとつとして、探究型教育を大切にしていこう、というコンセンサスを取って、学校として1枚岩になる方向を目指している最中だと思います。


西室 そうですね。このまま今のやり方を続けていく難しさもあるように思います。そろそろ次のステージなんでしょう。だからこそ、今がしんどい時期だと思うんです。探究型授業の科目を取っている生徒たちは各クラスにある程度散らばっているので、その子たちがリーダーになり、他の生徒たちに波及してくれているというのは現在も見受けられますが、人数規模をさらに増やすとなると、今のやり方ではどうなのか、というところですね。


上田 関学高等部がゼロから作り上げたといえば、やはり「読書科」ですよね。1学年400人以上の生徒全員が、自分のテーマを決めて、読書というアカデミックスキルを身に付けて、課題を設定して、結論を論文にしていくという探究学習を長年やってきている訳です。ただ、田中先生がおっしゃったように、そこから一歩踏み出してアウトリーチしていくためには、個別性が必要になります。この400人以上の個別性に対応することの限界を今、感じているんですね。例えば私たちが担当している2、3年生の探究型の科目は、現在、この400人のうちの4分の1程度しか受けていません。それをいかにして、200人、300人とより多くの生徒たちに広げていけるかが課題だと思います。


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「地域課題探究」は、この課題の解決を目指して、既に始まっている取り組みです。JTBとタッグを組み、実際の地域課題を各市町村から出してもらっています。全クラスが地域におもむき、地域の情報を仕入れたりしながら、最終的に政策提言をします。「読書科」や「ソーシャル探究BASIC」で、生徒全員のアカデミックスキルと学びの意欲を担保するという使命も学校として担っていると思います。しかし一方で、人数を絞ってでも、意欲の高い生徒にはもっともっと深い探究をさせてあげたい。そのあたりを学校とうしてどう舵取りしていくかの意思決定が重要だと思います。


西室 これは管理職の先生方だけではなく、我々委員会としても方向性を示していく必要がありますね。


上田 本校は、スクラップアンドビルドのビルドは得意ですが、スクラップがなかなかできないですよね。それぞれの授業や行事を立ち上げた先生の思いもありますので。伝統のある学校であるがゆえに、そしてまた学習に関して大きな問題が起きていないからこそ続いているのでしょうが、実はスクラップの部分が課題解決の革新的な鍵なのかもしれません。


高等部における探究型授業(活動報告)についてはこちら




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