Challenge Stories
~私たちが未来のためにできること~

~関西学院がめざすアントレプレナーシップ教育とその意義~
2024.05.13公開

関西学院がめざすアントレプレナーシップ教育と起業支援vol.05

第5回は、これまでの議論を通じて見えてきた課題を踏まえつつ、関西学院が提供するアントレプレナーシップ教育の展望と、関西学院がアントレプレナーシップ教育を行う意義について、語り合いました。

  • 国際学部 教授
    木本 圭一

    研究分野は、人文・社会/会計学。2014年から2016年まで社会連携センター長、2017年より社会連携コーディネーター(現在まで)を務める。関西学院のアントレプレナーシップ教育の立ち上げから関わり、現在は「ベンチャービジネス創成」を担当。

  • 研究推進社会連携機構 社会連携・インキュベーション推進センター
    佐野 芳枝

    関西学院大学経済学部卒業。金融機関の法人営業など、複数企業を経て入職。関西学院のアントレプレナーシップ教育全体のコーディネート、各種プログラムの企画運営を担当。正課授業の院内講師も務める。

  • 卒業生・講師
    松本 修平

    関西学院大学商学部卒業。慶應義塾大学特任助教(2024年6月より名古屋大学特任准教授)。幼少期から関学卒業までに複数事業を創業。監査法人トーマツ等を経て、現在は京都大学大学院博士課程にて起業家教育の研究に従事。関学では正課授業に加え、起業を志す学生へのフォロープログラムを担当。

  • 卒業生・起業家
    濱田 祐太

    関西学院大学法学部卒業。株式会社ローカルフラッグ代表取締役社長。学生時代に「イノベーションと起業家精神」を受講。在学中に起業し、京都府与謝野町で地域資源を生かしたクラフトビール事業等を展開。Kwansei Gakuin STARTUP ACADEMYメンター。ベンチャー新月会にも所属。

  • 社会起業学科 3年生・起業家
    小菅 優衣

    関西学院大学人間福祉学部社会起業学科3年生。株式会社Bestieat代表取締役。1年生の夏より関西学院のアントレプレナーシップ教育関連プログラムを複数受講。並行して神戸にあるパン屋のロスパンを2次流通させる事業「あすぱん」をはじめ、2023年11月に法人化する。

関西学院では、2039年を見据えた超長期ビジョンと長期戦略からなる将来構想「Kwansei Grand Challenge 2039」(KGC2039)を策定しています。本学院のありたい姿を描き、それを実現していくためには、教職員をはじめ、本学院関係者の強い繋がりが不可欠です。そこで、KGC2039で掲げる長期戦略から抽出したテーマをもとに、部署や業務、立場を越えて語り合う場を創出することで、相互理解を促し、想いを共有します。


 将来構想「Kwansei Grand Challenge 2039」についてはこちら


関西学院大学では、2016年秋より「IPOアントレプレナー100⼈創出プロジェクト」を掲げ、アントレプレナーシップ教育と起業支援に取り組んでいます。今回、これらの教育と支援に取り組む教職員及び卒業生講師、さらに起業家として活躍する在学生・卒業生に参加してもらい、関西学院の起業家育成の取組状況や特長、今後の課題について意見を交わしました。5回に分けてお届けします。


『関西学院がめざすアントレプレナーシップ教育と起業支援vol.04』はこちら

関西学院がめざす、これからのアントレプレナーシップ教育


佐野 関西学院のアントレプレナーシップ教育は、2016年秋のスタートから7年以上が経過し、改善すべき点も見えてきました。振り返りも含めてプログラムの整理が必要だと思っています。「ベンチャービジネス創成」でIPO社長の授業を受けて、その次の段階が「KGスタートアップアカデミー」という"ブートキャンプ"的な実践になり、その間をつなぐものがないのも課題のひとつです。それから学生がこの一連のプログラムを受講した際に「何を学べるか」、そして「自分の立ち位置とそれに応じたプログラム」の見える化も必要だと感じています。


松本 おっしゃる通りだと思います。追加的な視点では、もう少し後ろの支援として、既に起業されている方をよりアクセラレートとするような機能も必要だと思います。また、大学として提供している支援・プログラムについて、学生の認知向上を引き続き改善していく必要があると思います。さらに層を広げるという意味では、関西学院の各学校(小中高)など、大学の外に広げていくことにも取り組んでいけたらいいですね。


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佐野 KGビジネスプランコンテストというイベントは、関学の一部の学校と一緒に実施していて、参加者のなかには「中学生の時に授業で取り組んだので知っています」と言って、大学生になってから再度プログラムに参加してくれる学生もいます。中学生や高校生の頃はその効果や意義が十分に見えていなかったとしても、何年後かに当時の思いなどを持って、プログラムに参加してくれる人がいるということです。これこそ総合学園の強みだと思うので、うまく活かしていきたいです。2023年度は高校生向けにアントレプレナーシップ教育のプログラムを実施し、KGピッチにも高校生が参加してくれました。この動きを徐々に拡大していければと思います。


木本 お二人の意見に、私も全面的に賛成です。さらに、学生起業家の方や、卒業後若くして起業された方の経験をフィードバックしてもらうため、個々にお声がけしていますが、これをしくみ化できるように整えていく必要があると思います。「起業するコミュニティ」を充実させることが重要だと思うのです。そういう意味で、2025年、神戸三田キャンパスにはインキュベーション施設ができるように、西宮上ケ原キャンパスにも「場」の確保が必要だと思っています。


小菅 関学の起業支援は非常に充実していますが、学生の立場では、やはり資金面での恐怖感があると思います。私たちの事業「あすぱん」は、文系的なアプローチで、できるだけ初期費用、コストをかけずに利益を少しずつでも出していく、ということで始めました。しかし、理系学生が事業を始める際は、やはり事業立ち上げのお金がかかるかと思うんです。別の見方をすると「お金がかかる」ことが、諦める口実になるとも言えます。起業を考えた学生を"言い訳させない状態"にするためにも、「KGファンド」を創設して欲しいと思います。


木本 アントレプレナーシップ教育を始めた当初は池田銀行さんとファンドを作っていたのですが、そのころはあまりシーズがありませんでした。ですが、起業する人が増えてきた今、シーズも増えていると思うので、もう一度考え直してもいいのかもしれません。


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濱田 大学だからこそできる"色がない"ベンチャー育成の仕組みがあると思うので、大学がおもしろいファンドを作ってくれることには大賛成です。さらに言うと、起業後の伴走や、みんなで学び合っていくコミュニティ作りがやはり大事だと思います。例えば、同窓会公認団体のベンチャー新月会の協力を得て、コミュニティの形成や、加盟している先輩方から出資を募ってファンドを作ることも考えられるかもしれません。


佐野 VC(ベンチャーキャピタル)やCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)は投資なので、それなりに株式を持つ必要があります。他大学の事例を見ると、いわゆるGAPファンドという、シーズと事業化の間に存在するGAP(空白・切れ目)を埋めるためのファンドというものもあります。GAPファンドはほぼ利益が出ないので、大学のような公的なところしかできないことです。理系では国のファンドがあるのですが、限られた用途になるので、文系学生や研究者も使えるファンドがあればいいな、とは思っています。



2025年春、神戸三田キャンパス(KSC)にインキュベーション施設が誕生


佐野 2025年春にKSC Co-Creation Village【C-ビレッジ】を開設して、その複合施設内にインキュベーション施設(Startup Base【S-ベース】)ができる予定です。兵庫県や三田市からも「学内だけに閉ざさないものにして欲しい」という要望を受けており、「地域に開かれたインキュベーション施設」というのが、大きな使命としてあります。「起業家育成」「研究開発型ベンチャーの創出」「地域に開かれた場」。この三つを柱にして進めていますが、それぞれの目的が違うので、どのようにめざしていくかを調整検討しているところです。


松本 起業を想起させる象徴的な場ができ、「あの建物はなんだろう?」と興味を持ってくれる学生さんが多く出てくるように思います。「ちょっと行ってみようかな」となれば、そこから先はソフト面での起業支援です。きっかけとして「場がある」ことはとてもいいと思います。他大学には箱から入るケースも多い気がしますが、関学の起業支援は比較的ソフト面が充実して成り立っています。今回の新施設によって、ついにソフトとハードの両輪がそろうと思っており、すごく期待しています。


木本 理工系学部の各研究室が「シーズ活用をして(事業化しよう)」という意識、アントレプレナーシップを持つようになれば、関学発ベンチャーが一気に増える可能性があります。理工系の中でも特に工学系はシーズの活用がしやすい分野です。研究そのものが主目的である前提ですが、シーズを活用する意識を、研究室内(教員・院生・学部生)の誰がどれぐらい醸成できるかですね。それには各先生のお考えが重要だと思います。


インキュベーション施設がハードとしてできて、「シーズ活用や起業を推進する」という大学の方向性の象徴となれば、これまで以上に各先生方にもご協力いただけるのではないかと期待しています。関学は、"Mastery for Service"の精神で、先にソフト面を充実させてきた経緯がありますので、これと上手く噛み合うのではないでしょうか。


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松本 ソフト面の支援が手厚いのは関学の強みなのですが、見えにくいんですよね。今回、大きな施設ができるので、象徴的に推進できればいいなと思います。


小菅 そのような施設ができて、とてもうらやましいです。


濱田 登記ができるようになるんでしたっけ?


佐野 できるように進めています。オフィスとしても使えるようにできればと考えています。


濱田 何社か集まるとコミュニティになりますよね。リアルな場所があるというのは大事なことですね。


「KSC Co-Creation Village【C-ビレッジ】」はこちら


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関西学院、そして大学がアントレプレナーシップ教育を行う意義


佐野 アントレプレナーシップについては、専門家の方々がそれぞれにとなえているさまざまな定義がありますが、私がいつも使っているのは「アントレプレナーシップはコントロール可能な資源を超えて機会を追及すること」という定義です。自分が持つ資源を超えて何ができるか、それを考え、実践できるようになるためのプログラムや仕組みを整備しています。この力は起業だけでなく、何をするにしても必要な素養のはずなので、それを関学生に提供するということが、ひとつの使命だと思っています。


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木本 定義については、その通りだと思います。アントレプレナーシップについては、今でこそ各企業の社長さんたちが口をそろえて「そういう精神を持っている学生が欲しい」とおっしゃいます。ところが20年前は、そんなことを言う企業はほぼなかったので、学内で「この精神が重要です」と言っても理解してもらえませんでした。当時は、伝統的な事業の継続が最も収益を生むような状況にあり、多くの企業では変革に注力する必要がなかったからです。


しかし、激動の時代となった今、同じ事業の継続だけで成長できる企業は、そうはありません。今やアントレプレナーシップは、起業家はもちろん、就職して活躍していくためにも必要な精神なのです。そのため、学生時代に身に付けてもらい、起業であれ、就職であれ、自分の仕事に役立てて欲しいと思います。


松本 AIがものすごい速さで発展していて、今後さらに加速し、AGI(人工汎用知能)が日常的に使われるような世界になると思うんです。こういう状況について、仕事が失われるのではと脅威に感じる方もいると思うのですが、アントレプレナーシップがあれば「すごいチャンスだ」と捉えられるようになる。逆に言えば、今後はこういった精神がなければ、かなり厳しい世の中になるように思います。ただ、単に"アントレの鬼"になってしまうと、悪いこともやりかねない、ということになってしまう。そういう時こそ、関学の"Mastery for Service"の精神が、うまくバランスを取ってくれると思っています。やはり倫理観や教養などがうまく調和しないと、「いいもの」にはなりません。どれだけ技術が発展しても「人間の仕事」は残っていくと思います。


木本 関西学院としては、起業する人をとにかく増やすことを目的にするのではなく、アントレプレナーシップが幅広く必要な精神であるという前提のもと教育を行い、その中から本当に起業したい人に対して、支援する仕組みを用意するというのが、在るべき姿だと思っています。幸い、本学では実際に起業して活躍している卒業生が協力的でいてくれるというすごくありがたい環境があるため、こういう方たちと連携を保ちながら進めていきたいと思っています。


小菅 私はアントレプレナーシップとか何も考えずに、ただ単におもしろそうだと思って、KGスタートアップアカデミーに入りました。ですが実際に事業を始めてみると、例えば電鉄会社さんから「何か一緒にできないか」とお声がけいただいたり、学生であっても必要とされることがあるんだと感じます。私自身もそうでしたが、高校の後輩を見ていても、今は大学名より、自分がしたいことや入学後にできる経験などを考えて大学選びをする高校生が多いと思います。私がやっている事業をSNSなどで見た高校生たちが興味を持ってくれて、「関学すごい」と言ってくれています。アントレプレナーシップを持った学生の育成は、受験生へのPRという意味でも価値があるのではないかと感じています。私自身、大学のパンフレットに載っている先輩方の活躍を見て、関学の人間福祉学部社会企業学科に決めました。


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濱田 アントレプレナーシップ教育は、社会課題を解決する人を発掘し、育成していく上で非常に大事なことだと思います。関学のスクールモットーを体現する人物を輩出する上でも、アントレプレナーシップ教育が必要な時代なのだろうと思っています。やはり大学だからこそできるアントレプレナーシップ教育や起業家育成支援があって、それらは実際に起業する人だけでなく、就職する人にも大事だと思います。また、実際に起業するとしても、さまざまなジャンルや規模感でチャレンジできるということも含めて、大学がアントレプレナーシップ教育に取り組み、起業をサポートすることは、社会的にも非常に意義深い活動だと思っています。これからの時代の大学が担う役目のひとつなのではないでしょうか。


木本 "Mastery for Service"は、「奉仕のための練達」と訳されるため、しばしば「ボランティアを頑張る」というような意味に思われがちですが、本来は「世の中の役に立つ」ということです。役立つためにはやはり新たなものを生み出すことが重要で、それがアントレプレナーシップとつながります。松本先生がおっしゃるように「儲け口」は世の中にいっぱいあると思いますが、倫理観を外してしまったら、間を縫って儲け抜けるみたいな方法も出てきます。ですが、"Mastery for Service"は決してそういうものではありません。「自分が鍛錬した上で、それを役立てる」ことが大前提となります。これまでにないことを新たに生み出すため、自分自身を研鑽しながら、役立つものを作り上げて提供する。そのために必要な知識・スキルを習得してもらうことが、関西学院のアントレプレナーシップ教育だと思います。


社会連携・インキュベーション推進センターHP


関西学院がめざすアントレプレナーシップ教育と起業支援vol.01


<その他、掲載記事・テーマ>


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